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またまたまた芽が出ました。

 2週間前に出て、また出ました。
 だいたい2週間くらいに1つというペースです。
 これから寒くなるので、多分ペースダウン。

 







「趣味・芸術」の行き詰まり 10

 写真雑誌のこと。
 僕が写真に関心を持った頃は、まだ「カメラ毎日」があった時代。なんとなく、全共闘的な(?)ちょっと危ない匂いというか熱さを感じるところがあって、1985年の休刊(実質廃刊)の時は、一つの時代の終わりを感じたものです。
 小学館の「写楽(しゃがく)」は、80年頃ですか? 福武書店の「フォトジャポン」はフランスの「フォト」との提携があって、85年あたりの3年だけ。この雑誌の最後の1年くらい、アルバイトをしていたのです。で、編集の仕事を少しだけ知った。
 これらいずれも、短命に終わりました。写真雑誌というより、カメラ雑誌でないと売れない、というジンクスがそのまま当てはまる展開でした。

 「日本カメラ(時々仕事をさせてもらっている)」と「アサヒカメラ」は、歴史のある定番といっていいのですが、一般の人に聞くと「難しいそう」という声が聞こえてきます。専門用語が多くて・・・と。
 それと古いのは「フォトコン」。コンテスト情報だけの雑誌、というのは凄いものです。「競争して序列を付けるのが好き」といえば皮肉にすぎますか。最近の若い人たちの感覚は少し違うのかな、と思うのですがどうでしょうか。

 「CAPA」は、80年頃の創刊でしょうか。もともと、上の2誌の射程ではない若者(中高生)向けで始め、今はそのまんま高齢化しているようですが、まだまだ元気。読者の平均年齢は、今の僕くらいではないですかね? 語り口がソフト(初心者向け)だったので、リタイヤ組のカメラファンも上手く取り込めたのではないでしょうか。「デジタルCAPA」も始めています。
(余談ですが、ライターとしての訓練は、CAPAでさせてもらいました。連載も、最初の単行本もこの雑誌からです。当時の編集長・高田さんにはずいぶんお世話になったのです。当時、一つの号で、僕がやった企画が3本、その全部のタイトルが表紙に載ったのはいい思い出です。)

 「フォトテクニック」「カメラマン」も古い。「コマーシャルフォト」は主にプロ周辺向け。

 写真のデジタル化で「デジタルフォト」「デジタルカメラマガジン」「デジタル写真生活」などぞくぞくと。
 これらいずれも、メカ中心のカメラ雑誌といっていいと思います。

 メカ中心が売れる、といっても去年「写真工業」は休刊になりました。デジタル化に完全に乗り遅れたのが原因か? デジタルの話題を掲載すると、読者からお叱りの声が入ったというのは本当なのでしょうか?

 最近では、少しテイストの違う「女子カメラ」とか「ママズカメラ」とか、いろいろでているようです。今風のいい感じの写真が多くて、見ていて気持ちいいのです。ただ、上のカメラ雑誌とは明らかに読者層も違うと思うし、こういう紙面がふえていくのはいいな、と思っています。

「写真」ないし「カメラ」という括りの雑誌は、「自分で撮る」ことが中心となるのでしょうが、もう少し狭く「積極的に考えて自分で撮る」ために読む雑誌なのでしょう。
 反面、カメラはもっと日常生活に食い込んでいます。普通に使う人は、別に写真雑誌など読まなくても平気。
 昔は、雑誌や本などで知識を得ないと撮れないのが写真だったのですが、ここが大きく変わったところでしょう。

 言い方を変えると「写楽」や「フォトジャポン」は、写真を「撮る」というより、写真を「見る」ための紙面作りをした、と考えたら分かりやすい。メカの記事がないのはその証左。
 写真を「見る」雑誌というと、おそろしく射程の撮りづらい方向性であって、だから上手く行きにくいことも容易に想像できるのです。しかしそれでも、何かやり方はあるのではないか、とほのかに希望を持っています。誰かやってくれないかな。
 そういえば、「フォトグラフィカ」という雑誌もありますね。

 「撮り方」を軸に据えるカメラ雑誌は、これからも絶対必要とされる情報なのですが、対ネットということで考えると、あり方は変わってくるのでしょうかね。

 

 



 
 







「趣味・芸術」の行き詰まり 9

 1988年頃でしたか。21年前ですよ。
 長生きもしてみるものです。
 当時、東横線学芸大学駅から徒歩8分ほどのところに、ギャラリーMIN(ミンと読む)という写真ギャラリーがあったのです。僕はそこに、きっかり半年、正社員として勤めました。その前はしばらくアルバイトもしていましたから、実際にはもう少し長い時間、そこで過ごしたのです。

 写真ギャラリーというと、ツァイトフォトサロンが一番の老舗。日本初の写真専門画廊です。ヨーロッパに強く、イメージ的にはちょっとアバンギャルド。今は中国に力をいれていますね。
2番手はフォトギャラリーインターナショナル(pgi)。こちらは、アメリカの正統的・古典的な写真をメインに扱っています。今は、国内の若手作家にもずいぶん力を入れているようです。

 ツァイトは、当時、僕が通っていた東京総合写真専門学校の先輩諸氏が写真作家として何人かデビューしたりしていたこともあり、わりあい懇意にさせていただきました。「花と緑の博覧会」での出品作品(ヨーロッパの昔の写真)の複写などもお手伝いさせていただいたりしました。展示物のオリジナルを直にたっぷり見られるのですから、本当に贅沢な仕事でした。ちなみに「85年・つくば写真美術館」を企画運営したのもツァイトです。(このカタログは逸品!)
pgiも、写真雑誌の取材などで何度もお世話になったことがあります。

それはそれとして、話題はギャラリMIN。
僕が福武書店が出していた写真雑誌「フォトジャポン」でアルバイトをしていた頃ですから多分85年頃にオープン。
僕が勤め始めたのが88年ころで、半年で辞めて、そして数年した時に倒産(破産かも?)。

驚くほど華やかで、夢を語り、希望に満ちていた、そのギャラリーの内実は・・。と、まあ、ありきたりといえばありきたりの話。だから僕は半年しかもたなかった。
なんとかしたい。方法はないものか? と煩悶する心も辞める時点で忘れました。
今ならどうか? 当時よりはもう少し広い世の中を知った僕としては、最初から「無理・無謀・無駄」と判断するかもしれません。だからこそ、やってみる価値はある、とも思うのですが、多分自分ではやらない。関わらない。

東京都写真美術館の設立準備もこの当時の話。
有象無象が暗躍跋扈する、なーんて話には関わりたくなかったので知りません。

しかしまあ、こういう方面から見ると、「写真」がどうこうではなく、「お金」の動きに写真がオマケでついてるような話ではなかったか?

ギャラリーついでに調べてみたら、パストレイズも横浜に戻り、ツァイトは写真だけではなく絵にも力を入れているようで、さて、この先は?







「趣味・芸術」の行き詰まり 8

 写真評論のこと。
 今はどうなんでしょうね。カメラ雑誌には時々そういう記事も見かけるのですが、ちょっと違う、ような気もしてあまり目を通さなくなってしまいました。そこに見るのは、写真の古き良き時代の思い出か、バブル時代の写真評論の二番煎じのように思えてしまって、どうもいけません。

 ちょっと思い出話。
 80年代、バブルの時代といえば、ニューアカデミズム。浅田 彰「構造と力」に始まり、「GS」やらなんやら・・。
 伊藤俊治さんも、大きな意味ではこの流れの中にあったと思います。氏には、個人的にかなりお世話になったこともあるのです。朝日出版のヌード3部作のお手伝いもしたし(奥付に名前を入れてくれてうれしっかた)、「花と緑の博覧会」のお手伝いもしたし、引っ越しも手伝ったし・・・。
 当時は、伊藤さんの写真評論がいろんな意味で勢いがありました。(そういえば当時、コマーシャルフォトの氏の連載で他の写真作家と並べて僕の名前を入れてくれたのもうれしかった。・・今、僕はその雑誌で連載をさせてもらっている、ので、とても変な気持ちになるのですが。)
 氏のデビュー作といっていい「写真都市」を皮切りに、初期〜中期(今はいつだ? とツッコミを入れられそうですが。)の本はほとんど目を通しています。文章の流れがよくて、読み出すと気持ちいい。知人の間では、「評論としての意味はないけれど、ストーリーテラーとしての能力は高い」という評価がもっぱらで、確かにそういうこともあるのだろうな、とは思っていました。でもそこに、伊藤さんの本の価値があるわけだし、当時の写真がさも意味ありげにみられた(よい意味で)要因にもなっているのです。

 
 ただし今振り返って、伊藤さん、それから飯沢さんあたりの評論ないし、それ以降のものは、写真をかなり狭い範囲の「芸術」もしくは「アート」に閉じ込めてしまっているところが、面白くない、と感じる要因なのです。
 ギャラリーや美術館で飾られる、売られる写真だけが、さも特権的な写真であるかのような暗黙の前提がある。
(もちろんこれは、彼らの責任というのではなく、彼ら以前の写真評論もこうした枠組みの中にある。・・・昔々、芸術写真は「サロン」から始まったのだから、致し方ありません。)

 もちろんそうした考えがあっていいのですが、ギャラリーや美術館で飾られる写真を、それこそ本当に価値があると信じて買う人々の多数は、会社員であったり、OLであったり、写真趣味の人であったりするのです。とすればこうした考えは、それを買う一般人の精神の内に、美術品としての写真と、それ以外の写真の線引きをし、自らを分裂させる要因にしかならないのでは、といった疑心が僕にはある。
(余談ですが、こうした考えが、「自分が写真館をする」という結論に導かれる一つの要因ではあったのでしょう。)

 ともかく、美術品としての写真がある、にしても、それがある土壌は広告の写真やら家族の写真の中にいる個人の生活なのです。ならば評論も、その枠組みをさらに広げてみることで、それぞれの働きを分析する、ということがなぜできなっかのか? いや、今でもそれは必要、とは思うのです。







最近のお気に入り

 山崎製パンの「パターラ」です。
 亀屋万年堂のナボナに似ていて、値段はやく半分。
 コーヒー味とチーズ味があって、いずれも美味い。
 ブドウ糖中毒の次はコレか?







「趣味・芸術」の行き詰まり 7

 「趣味の写真」から考えると、僕自身が写真に関心を持ち始めた30年前から、かなり大きな変化がありました。
 端的にいうと、写真が特殊な技術ではなくなった、ということに尽きます。かつては、暗室があり、カメラもまだまだ手動操作的な要素が多かったのです。これが変わった。
 性別的な偏見もあるかもしれないけれど、これによって、若い男の子のハートをつかむ、ということがなくなってしまったのかもしれません。
 変わって、写真が女の子の文化になったのかも。

 それと同時に、年配の方々の趣味としても大きなシェアを占めるようになったようですね。高価なカメラやレンズを持ち歩く年配女性の姿を良く見るという話もよく聞きます。僕はあまり見たことが無いのは、そういう人々が集う場所(観光地など?)に行かないことに原因があるのでしょうか。
 彼ら彼女らが、何を希求し、どこに向かうのか? これから10年、20年後も変わらないのか? 変わるとしたら、どのように? など、考えるべきことはいろいろありそうです。何しろ、彼ら彼女らは、今の若者と違ってお金と時間をたっぷりもっていそうです。しかも、人口が増加する・・。

 もう一つ。写真雑誌などでのカメラやフィルム(もうほとんどありませんが)の売り方にも大きな変化があって、昔は有名写真家先生がこれを使っている、という事実がメッセージとして有効だったのですが、こうした広告はめっきり少なくなりました。
 よいことだと思うのですが。この流れは、別に写真に限ったことではないかもしれません。「権威」はあるし必要だけれども、商品を売るにあたってはそれほど有効な手段ではなくなった、ということ。これはまた、「仕事の写真」という方向からも考えるつもりです。

 コンテストのあり方はどうなのでしょう。40年生まれの荒木さんあたりの世代までは、カメラ雑誌の月例コンテストを通過している人が少なくなかったのですが、僕の世代くらいからはめっきり少なくなりました。今は、コンテストに応募するアマチュア諸氏ですら、プロの文化とは別、という考えが常識となっているのでしょうか?







「趣味・芸術」の行き詰まり 6

 ふと気になって「ひとつぼ展」はどうなっているかと調べたら、去年で終わったようですね。
 キャノンの「写真新世紀」
 コニカの「フォトプレミオ」
 ニコンも何かやっているはずなのですが、サイトが見つかりません。他のカメラメーカー、富士はどうなのでしょう。(調べるの面倒になってきた。)

 いずれも、写真作家の新人の登竜門みたいな役目も果たしていますね。しかし最近は、このあたりの事情には詳しくなく、さっぱりわかりません。
 僕自身の関心がないのが問題なのでしょうが、果たしてこれらは社会的にはどのくらい認知されているのでしょうか?

「木村伊兵衛賞」「伊奈信夫賞」「土門拳賞」なども、今はどうなっているのか・・。

 いずれにしても、こうした賞なりを受けた人たちの中から数多くスター的存在がでてくれれば、全体的に盛り上がるのです。
 最近なら「浅田家」ですかね。梅佳代さんも。
 でもちょっと、マイナーな気もします。実は写真家などマイナーな存在なのにも関わらず、若かった頃の僕自身はそうは思っていなかったということか。
 
 もし、かつてよりマイナーになっている、ということなら、さまに「行き詰まり」の一つの現れかと思うのです。
 

 
 
  







「趣味・芸術」の行き詰まり 5

 いろんな写真が出尽くした。
 というのは、次への想像力の欠如をも意味するのですが、たとえば「銀塩写真趣味」などというのも、自分だけの目新しさを楽しんでいるにすぎない、という見方からすれば、同じ穴のムジナといっていいかもしれません。
 銀塩は死なない。ことは確かだとしても、銀塩写真にかつてのような明るい未来はない、こともまた確かです

 銀塩は、例えば「書」のような芸術になりえるか? 
 答えは否。フィルムは、大量生産を前提とした工業製品なのです。少量生産はワリに合わない。メーカーは商業ベースでは継続しにくいのです。だから銀塩は、いつかは「死ぬ」。死んで、昔の写真は「真正の芸術」になる。めでたしめでたし。

 ダゲレオタイプやら鶏卵紙、POPなどといった手作り感光材料での撮影なら、まさに「生きた芸術」になってよい資格があります。

 そういえば「トイカメラ」も「銀塩」と同じように考えてもよいはずです。写真の楽しさという点において、これらは揺るぎないポジションを確保していることは確かなのですが。
 







「趣味・芸術」の行き詰まり 4

 年代を区切ることには意味はありませんが、2000年以降の趣味・芸術の世界に光明が見えない原因は二つ。
 「可視化の至る不可視化」と「デジタル化」。
 前者は、趣味・芸術の養分たるあらゆる欲望・不満・問題が、資本主義(商業主義)的なところで露になる(何でもビジネスになる)ことで、表面的には可視化されてきた。その結果として、それらの本質は却って見えなくなってしまった、ということ。
 現在においてあらゆる問題は、とても見えにくい。うっかりしていると、それらはもともとない、とした方が楽に生きていられる、そんな時代のように感じます。

 だからこそ例えば、「写真」を使って社会問題にアプローチする。「写真」を使って個人を表現する。といった行為が、もはやそれほどの力を持ち得ないのは、それらのイメージが既に飽きるほどあってしまうという現実の裏返しなのです。
 もちろん、写真家たる存在の努力不足、アイデア不足のためということもあるのでしょうが。だとしたら、いったいどのような方法があるというのか?

 そして、もう一つの原因がデジタル化。
 こう書いてみて、実は僕たちは写真のデジタル化を考えることについて、まだまだそのことへのアプローチすら見いだせていない段階にあるかと思いました。
 デジタル化は、まだまだ始まったばかりなのです。今が終着点ではありません。

 
 
 







「趣味・芸術」の行き詰まり 3

 趣味や芸術は何を養分にするかというと、資本主義的な仕事にも、地縁血縁伝統といった生活にも収まり切らない、収まりの悪い、生きることへの欲望と考えます。

 趣味・芸術
 仕事(ビジネス)
 写真館(一般)

 1)で書いた写真の3つの軸がそのまま対応しています。
 ですからもしかすると、この枠組みそのものを問う、ことも必要かもしれませんが、それは後の話。

 さて、では、これらの軸があることとして、戦後の写真史をおおざっぱに区分けしてみます。

 明治〜昭和初期・・写真館
 大正〜戦前・・・・趣味と芸術写真
 戦後〜高度成長期(初期)・政治的な写真
 高度成長期(中〜後期)・・青少年文化と広告
 バブル期・・・・・ファインアート化
 バブル後・・・・・少女文化と広告
 
 乱暴ですが、それぞれが入れ代わり立ち代わり、表舞台に立っているという具合。
 
 しかしさて、その後は? とりわけ今世紀に入って以降はどうでしょう?
 


 







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