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写真道場のサイトにトラブルが発生しています。

 写真道場のサイト(dowjow.com)にトラブルが発生して、見られなくなっています。
 ただいま、復旧に向けて作業中ですので、しばらくお待ちくださいませ。







ロースタンドの重りを作りました。

 
 赤いのはもともと雲台展示用のベースなのですが、連休の手遊びに鉛を溶かして重りを作りました。
 鉛なんか溶かしたのは、小学生頃以来。
 昔は釣り用の鉛を溶かしていろいろ作っていました。
 久しぶりにやると、要領を得ませんね。
 小学校の頃の方が巧かったような・・。







ビジネスとしての写真の行き詰まり 6

「写真」の概念を、大まかに世代分けすると、それぞれ違ったものはあるのでしょうか。

 僕ら世代は、子供の頃の写真はモノクロで、カメラはやっと一般市民にも手が届くようになった時代に育っています。

 年配の人にとっては、カメラが高嶺の花だった時代を知っているでしょう。写真も滅多に撮られるものではなかったはず。カラー写真もおどろくほど珍しかったし高かった。この時代を知っている人にとっては、モノクロは貧乏人が撮るもの、になるかもしれません。

 逆に若い世代を考えると、かつて多摩美で非常勤をやらせていただいた頃、20歳くらいの彼らはすでに「つくば写真美術館」を知らない、ことに愕然とした記憶があります。(今思うに、そんなものは関係者以外知らないと思うけれど。)

 今の30歳以前の若い子は、モノクロ写真を実体験として知らないだろうし、もっと若い子になると、「銀塩プリント」も知らなくなっているだろうし。写真はモニタで見る世代になると、「プリント」そのものだって珍しいものになるのでしょう。

 撮影する対象もこうした世代でずいぶん違いがあるような気がします。
 年配諸氏はなんといっても花鳥風月かな。
 団塊の世代は、ドキュメンタリーかもしれない。
 僕ら世代は、篠山紀信以降のアイドル写真?
 もう少し若くなると、友人との写真。プリクラ?
 ・・・。

 写真から、何をどう読み取るか? 写真にどのようなリアリティを感じるか? といったところも、もっともっと調べておかないといけません。

 なぜかというと、コミュニケーションする相手が、何語をどんな意味で使っているか、がわかったほうがよい、ということ。・・・もちろんそれよりも、実際にコミュニケーションすることの方が大事ではあるのですが。



 







ぐるぐるパノラマ写真の新作です。


 近所の牛タン料理店です。
 ビルの建て替えで、営業は明日まで。
 味のある内装なので、記録に撮らせていただきました。
 写真をクリックすると、ぐるぐるパノラマ写真になります。
 写真下のアイコンでいろいろいじれますよ。
 一番右のアイコンでフルスクリーンで見られます。
 目眩がしそうなくらい面白いです。







ビジネスとしての写真の行き詰まり 5

 写真の仕事全体に占めるwebの割合は? 
 
 デジタルデータでなくても、スキャンすればwebに使えることを考えると、基本的に全ての写真は、webに関わる、といっていいのでしょう。
 メインは印刷だったり、プリントだったりしても、webの力なくしては、今後の仕事はやっていけそうもありません。

 問題は、web上の写真がどう使われるか? どう使うか? で、グーグルの電子書籍化のことも、大まかなところは勉強しておいた方がよさそう。これは宿題。

 ネットショップという枠で考えると、最初に書いたよう「プロの仕事と、クライアントの要求に、齟齬がある」という現実があります。

 平たく考えれば、我々カメラマンにとっては、これこそがチャンスとも思うのです。単純に、他のカメラマンではできないことを、自分ができるようになればよい、と考えるだけですから。
 実際には、ネットショップの多くの規模が小さい、写真を外注する予算がないために、カメラマン・ビジネスとしてはワリが合わない、ということもあるかもしれません。・・だからチャンスなのですが。

 では、どういう写真が求められているか? というと、単純に、生産者なり販売する人たちの「考え」であり「思い」が表現できているイメージ、です。(このあたりを、取材で学ばせていただきました。)

 このためには、なにより商品知識が必要でありつつ、なおかつお客様視点をもっている必要があります。
 簡単そうに見えて、これが難しい。

 写真の技術や知識がいくらあっても、人に喜んでもらえない写真を撮るプロが少なくないこと裏返しでもあるのですが、これは本人にはなかなかわからない。単純に、価値観が違う、という一言で片づけられそうな気もします。だからクライアント側から、三行半を突きつけられるのでしょう。


 逆から考えれば、写真の知識がない人、あるいは代表的な消費者である「女の子」がそのまま、カメラマンになった方がよい仕事ができる、のはまさに「消費者視点」があるからであって、他ではありません。
 今のネットショップの多くは、ここに立っています。

 難しいのは、ただ「消費者を代表する考え」ではなく、「消費者である自分も欲しくなる考え」を実現すること。微妙で大きな違い。ここに、皆、苦労する。

 こういう意味で考えると、写真の技術や知識は、後づけでどうにでもなる類なのです。(ここにこそ、「写真学校」の位置づけがあってよいのでしょう。)

 僕自身を含め、カメラマンの悪いクセは、自分がもっている技術や知識に捕らわれて、その枠の中でしか物事を考えられなくなりやすいことなのです。ネットショップ以外でも、webデザインを生業としている人から、カメラマンに頼むと「できない」ことだらけなので結局自分で撮り始めた、ということもありました。

 枠を外して、一顧客として、自分の仕事を見直してみる。

 こうしてみると「行き詰まり」は、そのまま「新しい機会の発見」へと接続できそうな気もします。

 







ビジネスとしての写真の行き詰まり 4

 話を戻します。

 写真を撮ることを仕事にする(なる)現場が、かつてはきわめて特殊だったのです。広告系のカメラマンなどという人種は、町の中にはほとんどいなかった。とりわけ地方にはいない。そんな存在でした。

 今のようにインターネットがない時代には、商品(物・サービス)を広告するには、印刷が強い力をもっていたはずです。とすれば、相応の予算がかかる。だから当然、誰でもができるということにはならず、相応の技術と能力のある業者とカメラマンとの連携が必要になる。

 とすれば、当然、専門的な知識と技術が駆使される現場となるわけですから、そこに一般の人は入りにくくなるのも当然。

 27歳くらいの時に、半年だけコマーシャルスタジオで働いた時のことを思い返すと、確かにそうだったのです。カメラは大判だし、照明はタングステンだし、印刷用の用語、たとえば「キリヌキ」にしろ「角版」にしろ、あるいはそれら用の撮り方のノウハウなど、本当に特殊なことづくめでした。

 もちろん、このような業態は、予算があり、クォリティを求められる世界として必要とされ続けるのでしょうが、多分、時代は大きく変わって、仕事のやり方、求められるイメージもかつてとは違ってきたように思います。

 何が変わったか?
 端的には、昔ながらの技術を用いて、ちゃんとした仕事をしたイメージは、エンドユーザーの心を打たなくなった、といっていいのでしょう。これは多分、他の業種の職人技が廃れる流れと同じかと思ったりします。
 原因は時代の要請に違いないのですが、一つは職人技の目的が現実から離れていく傾向が強いこと(自家撞着だけでなくそういう向きがあるのが職人なのです)。結果として、その良さが広報されない、理解されないために、ますます廃れる傾向に拍車がかかるように思います。
 そしてそれは芸術になる。

 もしかすると、当時の業態の人々は徐々にリタイヤしていき、新しい人々が連携する形で台頭してきた、と考えるほうがよいのかもしれません。
 変化に対応した(できた)人の方が珍しい、と。

 何が変わったのか? 今は何が求められているのか? そんなことをネットショップから少し考えてみたいと思います。








はたきを作りました。

 ボロ布と棒を使ってはたきを作りました。
 便利なものですね。改めて。
 ただ、15ミリほどもある木材で作ったので重い!
 はたきといえば、軸は竹に限ります。
 先人の知恵が、よーくわかりました。







ビジネスとしての写真の行き詰まり 3

1)歴史的背景・・写真の技術を秘伝のように考えて、クライアント(中小企業・個人)と共有できる言葉を作ってこなかった。あるいは、変な作家意識がありすぎる。

 写真撮影をビジネスとして考えるなら、その技術を門外不出にした方が儲かるでしょう。他の人ができないことを自分だけができるわけですから。
 もう一つの考え方として、技術をオープンにして、世の中全体に役立てようという考え方があります。
 現在のソフトウェアのあり方にも通じますかね。(そういえば、ダゲレオタイプの技術は、フランスがダゲールから買い取ってオープンにした、というのも示唆的な話かもしれません。)

 写真に関していえば、短期的には門外不出、長期的にはオープン化ということに、結果的にせよなっているように思います。写真家は門外不出にして儲け、メーカーはオープンにすることで設けてきた、と考えてもいい。

 門外不出にするにせよ、オープンにするにせよ、これらの考え方の基本にあるのは、アイデアは優秀な特定の人材だけが思いつく、という考え方かもしれません。
 デジタル化+インターネットは、ここに楔を打ち込むような性質を持つ、というのが、これからの面白さであり、怖さなのでしょう。
 
 さて、ビジネスというよりも、写真を仕事として選ぶ個人のキャラクターに関わる問題もあります。
 もともと、写真は、スポーツや音楽や絵画などの、自分の肉体に依存する部分が多いジャンルとは違い、被写体という他者に依存する部分か多いジャンルのように思うのです。
 であるから、写真に感心を持つキャラクター自体のユニークさがあること。さらに、写真撮影で自己を表現するということが、素直な自己表現ではない、屈折した精神状態を内包してしまうことも見逃せない事実なのです。

 もっと古くからいえば、絵画という芸術に対して、独自の芸術観をもって自らの価値を高めなければならなかったのが写真なのです。
 写真は、芸術か、科学か? 話があっちの方にいってしまいそうなので、戻しましょう。



 
 
 


 
 







ビジネスとしての写真の行き詰まり 2

 来月末、ネットショップ向けの撮影&編集ガイドを出版する予定なのですが、この記事として12店舗のネットショップを取材してきました。

 とりわけ印象的だったのは、「プロのカメラマンに頼んでも、希望のイメージが仕上がらないので、結局自分たちで撮っている」というショップが多い事実です。

 平等に考えるなら原因は両方にあります。
 カメラマン側の問題は、「聞く耳」を持たない。あるいは、「クライアントの希望を実現する能力に欠ける」ということ。
 クライアント側の問題は、「希望を伝える」要領を得ない。あるいは「予算(?)」ということでしょうか。
 要はコミュニケーション不足。

 ただし、仕事という点からすると、明らかにお金をいただくカメラマン側の怠慢と考えた方がよい、と思うのです。お客様の要望に応えられない事実を、お客様のせいにするのは筋違いでしょう。

 ここで、冒頭の問題をカメラマン側の問題として考えると、
1)歴史的背景・・写真の技術を秘伝のように考えて、クライアント(中小企業・個人)と共有できる言葉を作ってこなかった。あるいは、変な作家意識がありすぎる。
2)ネットショップで何が求められているかを理解できない・・ネットショップを知らない/学ばない。・・・これはネットショップに限った話しではないかもしれません。
3)写真撮影の技術的問題。・・・論外ですが。
 これらが原因となってコミュニケーションできる能力に欠ける、といったことでしょうか。

 我が身を反省しつつ、1)から考えてみましょう。

 


 

 







ipodシャッフル 水没うううう!

うっかりシャツにいれっぱなしのipodシャッフルを洗濯機で洗ってしまいました。
  
 でも同じような失敗をする人はいるもので、ココ
 同じように分解して掃除をしたら。、あらあら直ったではありませんか!

 
 こうして見ると、裸のipodってのもかっこいいですね。








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